貴重な体験の数々

侍としての確固たる志を決して忘れることなかれ

商社勤務を通じてさまざまな貴重な体験をしましたが、それらの体験の数々は、商社を定年退職して人材業界に転身した今も非常に役に立っていることを実感しています。

ビジネスすなわち商売のことを、我々は「商内」(あきない)と呼称していました。商品売買のニュアンス、商社の伝統を感じさせる表現でした。また「士魂商才」とは、商人たる「前垂れ精神」に徹するかたわら、「侍としての確固たる志を決して忘れることなかれ」と理解しました。年配の上司達が社外との電話のやり取りの際に、自社のことを「当社では」または「弊社では」とは言わず、「手前どもでは」と称したのも印象的でした。商社独特の風土、習慣を日々の業務を通じ自然に体得したように思います。

突然訪れた初めての海外出張

30歳代前半の頃、私は東京本部で業務部振興課に在籍し広報業務を担当していました。貿易振興、特に輸出拡大が国是であった時代のため、内外各地において各種見本市が頻繁かつ華やかに開催されており、全社的な企画・対応窓口として連日多忙を極めました。

たまたま「巡航見本市船さくら丸」(19,000トン)がオセアニア・東南アジア・極東の8ヶ国12港を約100日かけて巡航し、船上見本市が開催されることになりました。協賛する業界各社では船内の自社ブースに製品見本、資料類などを満載・陳列、アテンダントも乗船させ各港での来船客対応に万全の態勢を整えつつありました。

私も当初は「さくら丸プロジェクト」の裏方として大量の見本や資料の船内搬入作業に忙殺されていたところ、突如上司から「さくら丸に全航程乗船し見本市のアテンダントを務めるべし」と命じられ驚きました。私自身にとっては初めての本格的な海外出張のため、果たして職務を全うできるかどうか甚だ心もとない次第でした。しかしながら、せっかくのチャンスでもあり、この約100日間の洋上勤務が将来のために必ずや貴重な体験になると腹を決め乗船しました。「さくら丸」での諸見聞については、別途お話ししたいと思います。

1958年三井物産入社:星野 仁一