複雑で不確実性の高い時代になっていく昨今、キャリアの道筋や人生の選択も変化を迫られています。それは社会に出る前の学生に対しても同様であり、どのように生きていくのか、キャリアについて考えることは避けて通れません。このセミナーでは、東京大学教養学部附属教養教育高度化機構・社会連携部門が開講している「教養学部生のためのキャリア教室」で、就職活動が始まる前の大学1・2年生を対象にどのような授業を展開しているのか、書籍『東大キャリア教室で1年生に伝えている大切なこと』(東京大学出版会)の編者3名に登壇いただきました。

イントロダクション

東京大学教養学部でのキャリア教育の取り組み

<登壇者>
東京大学教養学部附属教養教育高度化機構社会連携部門 特任講師
岡本 佳子氏

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1~2年生を対象とした「リベラルアーツ教育」

東大キャリア教室の特徴として、1~2年生を対象としたリベラルアーツ教育(教養教育)であることが挙げられます。

東京大学での4年間の学びは、1~2年生を対象とした前期課程と3~4年生を対象とした後期課程に分かれています。前期課程は全ての学生が教養学部所属となり、文科一類、理科二類などの科類に分かれます。

 

それぞれの科類によって基礎科目の違いはあるものの、前期課程においては多様な授業科目が開講され、特定の専門分野に偏らないような視野、総合的な判断力を養うためのリベラルアーツ教育を実践しています。

前期課程で得た知見を学びの基として、3~4年生での専門分野となる学部や学科を後期課程の進学先として主体的に選択します。科類によって主な進学先の大枠は、それぞれの学生の希望や志望理由など、比較的自由度のある状態で3~4年生からの専門分野を決めることができます。

これまでのキャリア形成支援は3~4年生が中心

学生へのキャリア形成支援が取り組まれてはいるものの、やや立ち遅れていることも否めません。教育組織的な面で各学部の独立性が高く、キャリア支援に関しても基本的に学部が中心に行っています。そこで、各学部におけるキャリア支援を補完するセーフティネットや学生のキャリア支援のよりどころとして、全学部を対象としたキャリアサポート室が2005年に設立されました。

このような取り組みはもちろん重要ですが、少し問題もあります。例えば、各学部での支援が原則となっていることから必然的に3~4年生が対象となり、就職活動(OB・OG訪問)が中心となるのです。しかしながら、1~2年生へのキャリア形成支援も必要であり、大学受験が終わったばかりの1年生にとっても「どのように生きていくのか」というキャリアを考えることは避けて通れません。

 

そのため、前期課程の1~2年生にも教養教育プログラムとしてキャリア教育を行なっています。本プログラムの開講母体は「東京大学教養学部附属教養教育高度化機構」という組織です。7つの部門と執行委員会に分かれており、それぞれに特色があります。その中の一つが東大キャリア教室を運営している「社会連携部門」であり、社会・民間と連携した教育プログラムを企画、"人と人をつなげる"ことをメインに、イベントや講演会を実施しています。

講演

東大キャリア教室を企画・運営して
-13の流儀から学ぶ多様な生き方とは-

<登壇者>
東京工業大学環境・社会理工学院イノベーション科学系 助教
標葉 靖子氏

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大学で学んだことと社会に出てからのギャップへの不安

分野を問わない大学1~2年生を対象としたキャリア教育はどうあるべきなのでしょうか。多くの学生は3年生になると、大学院に進学するのか学部卒で就職するのか、どんな仕事に携わりたいのかなどを意識しはじめます。しかしながら、そうした具体的な進路選択が迫ってきている段階ではない、むしろ大きな目標だった大学受験が終わって、さあこれからどう大学生活を過ごそうかというのが大学1~2年生です。私たちはそのような前期課程の1~3年生に対して、キャリア教育としてどういったことを狙うべきか、何は扱わないのか、「教養学部生のためのキャリア教室」(以下、キャリア教室という)を企画する上で多くの議論を重ねました。

最近、「文系の学問は社会の役に立ちますか?」とよく聞かれることがあります。そもそも大学での学びや学問を文系・理系といった雑なカテゴリーに分類して考えること自体がナンセンスなのですが、残念ながらそのような二分法にとらわれ、巷で耳にする「文系不要論」に不安を感じている学生も少なくありません。また、いわゆる「理系」と呼ばれる分野も実に多様で、社会に直結してすぐに役に立つことだけを扱っているわけではありません。

 

そのような中、大学での学修と社会で役に立つことにギャップがあるのではないか、社会に出てすぐ役に立つことを学んだ方が良いのではないかと、不安に思っているのです。そこでキャリア教室では、そうした近視眼的な〈役に立つ〉という囚われを超え、大学での学びと社会で価値を提供していくことがどのようにつながっていくのかを、学生自身で考えていけるようになるための多様な視点を提供することを目指しました。

キャリア教室に関心を持つ1~2年生の中には、3~4年生になるまでは進路先が決まっていない状態であると感じ、「良い進学先に進むために必要なことだけを学びたい」「他の大学は1~2年生から専門的に学んでいるのに対し、自分たちは遅れている気がする」と焦っている学生もいます。これでは、せっかくの教養学部前期課程でのリベラルアーツ教育の魅力を活かすことができません。焦らず、その魅力に気付いてもらうことも1~2年生向けのキャリア教室の狙いです。

社会が劇的に変化している今、これまでの固定観念、知識や技能、慣習などは根本からシフトしていかなければならないといわれています。そうしたこれからの時代に求められているのは、既にある決められた答えへの効率的な解法をどれだけ知っているかどうかではなく、自ら問題を設定し考えられるかどうかや、異なる他者と互いに敬意を持って協働していけるかどうかなのではないでしょうか。そしてそのためにも、基礎となる幅広い教養やそれに裏打ちされた多面的なものの見方が重要となってくるだろうと私たちは考えています。

東大キャリア教室は、踏み出せない学生にとって最初の入口

教養学部前期課程(1~2年生)向けのキャリア教室を立ち上げようと検討を始めた当時(2015年)、東大では既にリーダーシップやアントレプレナーシップ 、イノベーションに関わるような社会連携型のイベントやプログラムが各学部で開催されるようになっていました。ところが、実際にそうしたイベントに参加する学生には偏りがありました。開催していることは知っているけれど、参加したことがないという学生が多かったのです。

 

そういったイベントに参加してこなかった学生が3・4年生になってキャリアサポート室へ行き、結局みんな普通に悩んでいるという現実があります。「リーダーシップとはいうけれど、自分とのギャップを感じる」「キャリアに関してあまり考えていなかった」と就職活動が自分事になって初めてどのように生きていくかを考えるのです。

そこでキャリア教室では、「なかなかイベントに参加しづらい」「きっかけがない」「考えたことがなかった」「悩んでいる」「まだ良く分からない」「踏み出せない」という、遠目で見て気になってはいたけれど実際に参加するには至っていない、そのような学生への最初の入口になることを意識しました。

キャリア教室は特定のテーマを設定して随時開講される主題科目と呼ばれる科目群の一つで、正式に単位も出ます。選択必修科目のため、学生は数多くの選択肢の中から履修する主題科目を自由に選択します。学生にとって単位になるというのは大きな魅力の一つです。悩んでいるけど各種イベントには気後れしてなかなか踏み出せない学生にこそ、主題科目として提供する価値があるのではと考えました。

安心安全な場所で、あえて失敗を楽しむ

キャリア教室を運営するにあたっては、学内の他部署が既に提供している各種のキャリアイベントなどとの差別化も意識しました。具体的には、エグゼクティブに特化したキャリアデザインや特定の職業につくための指導、また具体的な就活対策は扱わないこととし、授業を展開していきました。

講演会では産官学民さまざまな分野で活躍されている方をゲストスピーカーとしてお迎えし、ご自身のキャリアについてご講演いただいています。その中で私たち教員側が気を付けているのが、「これがキャリアの成功」という見せ方はせず、正解は一つではないことを伝えるということです。これはキャリア教室の授業構成上、不確実性を前提とする動態的なキャリア論を強く意識していることと関係しています。だからこそ多様な経歴を持ったゲストスピーカーの方々に、つまずいたこと、経験したことや悩んだこと、その紆余曲折含めて語っていただくようにしています。

プロジェクト型授業では、複数の官公庁や企業の方々にご協力いただき、実際の社会課題をテーマに学生がチームで解決のアイデアを考えます。東大生にはコミュニケーションが苦手という学生も多く、この授業ではそのような学生が安心して挑戦できる場の設計にこだわっています。また社会の中で価値を提供するということの多様性の一端を感じてもらうため、一つ一つのプロジェクトを短くする代わりに、学生には単位取得のためには必ず異なる複数のプロジェクトに参加することを求めています。

 

どのプロジェクトでも非常に難しい課題をあえて投げかけていますが、実際に取り組んでいる学生は四苦八苦しつつも、協働の難しさや楽しさを感じてくれているようです。ある意味、教員がデザインした安心安全な場で、学生に挑戦的な失敗をしてもらうための授業といえるかもしれません。

その他に、私自身の研究とも関わりのある「科学技術と社会」をテーマとしたフィールドワークやデザインワークショップも行っています。

パネルディスカッション

社会変化を見据えた今後の人材育成を考える

<登壇者>

  • 岡本 佳子氏

  • 標葉 靖子氏

  • 東京大学教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門 特任助教
    中村 優希氏

  • キャプラン株式会社 HRDソリューション事業本部 HRD企画開発部 部長
    中田 さやか

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最近の学生の傾向について

中田
 

最近の学生は、「なかなか前に踏み出せない」「悩みを抱えているけれども弱い自分を見せられない」とのお話がありましたが、進路を選ぶ傾向や自分たちが学生の頃と変わらないこと、逆に変わったことなどはどのように感じていますか?

岡本氏

何から始めたら良いのかわからない、と、少しぼんやりしている部分を感じます。周囲で他の人を見て「すごい人がいるな」と思っても、「でも私とは違うし」と関わろうとせず、勝手に線引きして自分をシャットダウンしてしまう学生がいる印象を受けます。進路についても、考えを後回しにしているように思います。

中村氏

私は、中学1年の秋から渡米し、大学も日本ではなくアメリカで学んできたので、学生の「違い」というのはあまり分からないというのが本音です。ご紹介できることとしては、アメリカではキャリア教育を中学や高校から実施しているということです。私の周りでも、高校生のうちから夏休みを利用してインターンを行ったり、研究所などで研究の手伝いを行ったりしている学生が多かったです。大学院で日本に帰国してきて東大生を見たときに、「みんなどこかの研究室に入るから自分も入る」「理系ならとりあえず大学院の修士課程に進学する」など、周りに流されてあまり深く考えず、キャリアに向き合っている学生が少ないのかなという印象を受けました。自らのキャリアと向き合っていくためにも、学生がより自然に考えることのできるような高等教育のカリキュラムを考えていく必要もあるかと思います。

標葉氏

最近の学生の皆さんは、私たちが学生だった頃と比べてとても勉強しているという印象を持っています。全ての授業にきちんと出て日々の課題もきちんとこなす。やれといわれたことは素直にやる。もちろんそれは悪いことではないですが、目の前のことに一所懸命で、一つ一つの意味を考えているような時間はなく、とにかく忙しそうな学生が多いように思います。

あえて失敗させるということ

中田

キャプランでは毎年新入社員研修を対応していますが、研修を担当した講師から、最近の新入社員には2つの特徴があると報告を受けています。一つは、失敗を恐れる、学生時代と変わらない心配を抱えていること。そしてもう一つは、安易に正解を求めるということです。

先ほど、あえて安心して失敗させる環境を与えるというお話がありましたが、例えば学生には先に納得してもらうために何を伝えるべきか、修羅場をくぐらせるべきかなど、どのようにお考えでしょうか?

標葉氏

「何のためにこれをやるのか」という目的は必ず先に提示した方が良いと考えています。プロジェクト授業では、明らかにそのテーマに関する知識もスキルも不足している1~2年生に自由に考えろといっている訳で、そのプロセスは学生にとって非常に困難を伴うものとなります。最終的に実現可能性の高い解決策が提案されることもありません。だからこそ、「その苦労をするプロセス」が重要であり、それに取り組むことこそが授業の目的だということを必ず伝えています。

中村氏

例えばアメリカでは、目的が明確でないとやる気が出ないという学生がとても多い。目的がハッキリとしていることや、自分の興味があることにしか全力を出さないのがアメリカ人の傾向として挙げられるかと思います。一方、日本人は目的が何であろうと、何事にもとにかく真面目に取り組む印象があります。

 

高校生の頃から感じたこととしては、アメリカ人は自分が興味を持っているものだけを集中的に学び、日本人やアジア人は全ての教科についてまんべんなく頑張るということ。オールラウンドで頑張らないといけないと考えてしまうその背景には、些細なことでも失敗してしまうとやり直す機会が少ないということが要因の一つにあるのかもしれません。実際に、アメリカと比べて日本の制度ではやり直すことが非常に難しい仕組みかと思います。今後、オールラウンダーとしてではなく何かの専門家になっていけるように学生へ指導していく他にも、高等教育の仕組みの改革にも携わっていけたらと考えています。

岡本氏

学生は、自由に対しての不安があるのだと思います。自由に考えることを無理強いすると、怖くなるので考えなくなってしまう。目的や考えることが大切であることをきちんと伝える必要があると考えています。

ワークライフバランスについて

中田

ワークライフバランスとして、働き続けることは男女ともに大きな課題です。岡本先生は学生から「同期の女性は仕事を続けていますか?」と聞かれてドキッとしたということですが、ドキッとした経緯などを聞かせていただけますか。

岡本氏
 

4年生で就職活動中の女子学生でした。同期の女性は基本的にみな働き続けていますが、その質問が出てくるとは思っていなかったため、驚きました。私が学生だった頃から15年ほど経過しており、私自身も4年生の頃は同じようなことを考えていました。ただ、この15年の間に多少なりとも社会は変化しているはずだと考えていました。しかし、人が抱えている悩みは大きく変わっていないようです。女性活躍ということに対して、自分自身が思い込んでいたところがあったのかもしれません。

中田

先日、日本の大企業の半分以上が副業を認めているという記事が出ていましたが、企業として社員にさらに活躍してもらうには、色々なところに軸足をおくということも考えなければならないのかもしれません。多方面に携わって、複数に軸足をおくことに関してはどのように感じていますか。

中村氏

企業の副業についてどう思うかということとは、少し離れてしまいますが、私は書籍でも書いているように、「環境を変える」ということを推奨しています。学生にも環境を変えることで視野を広げてほしいと考えています。常日頃同じような考え方をもった人たちの中にいると、それが当たり前になり、異なる考え方をする人との見解のズレが生じてしまう。例えば、アメリカでは大学は西海岸、大学院は東海岸に行くなど、環境をガラっと変えることが良いとされています。日本の学生の大半が、同じ大学で大学院へ進学することが多いですが、それはアメリカではあまりありません。私自身も、西海岸のカリフォルニア大学バークレー校から、東京大学の大学院へ進学して環境を変えています。

環境を変えることはリスクが高い。新しい場所で自分が本当にやっていけるのか分からないですし、人間関係も築いていかなければならない。ですが、環境を変えて順応し、そこで努力を重ねて活躍していくことで見えてくる景色が変わってきますし、大きな成長にも繋がります。また、ダイバーシティ・多様性というものに触れることができるため、積極的に環境を変えて学びに繋げていってほしいと思っています。

よりよいキャリアを歩んでいくために

中田

キャリア教室でさまざまな立場でお話をしている中でこれからどう生きていくか、会場にいる幅広い世代の方も含めて、よりよいキャリアを歩んでいくために大事にしていただきたいことは何でしょうか。

標葉氏

学生にも話していますが、「自分が見ている景色と相手が見ている景色の前提は一緒じゃない」という意識が大切だと考えています。例えばかつての、初任給から給料が上がり社会が成長していたときの将来と、今の閉塞感の中で学生が見ている将来は全然違います。皆さんがそれぞれの生き方の中での成功が、必ずしも目の前の違う立場の人にとって成功といえるかは分かりません。自分が常識だと思っていることは、もしかしたらただの偏見の塊なのかもしれない。理解できない人を安易に否定しない寛容さも大切だと思います。

 
中村氏

環境を変えるために必要な、「違う考えや文化を持った人たちの中に飛び込んでいく勇気」を持てるといいかと思います。日本の企業でも海外の方と連携してプロジェクトに携わる方も多いかと思いますし、近年日本でも海外の方達との交流の機会が増えてきています。自分と違う意見や見解を持つ人を受け入れられる度量やダイバーシティに対しての寛容さを伸ばしていくことができれば、新しい気づきもあります。また、異なる考えの人たちと交流していくことで、自身の特性をも見出していけるのではないでしょうか。

岡本氏

私もダイバーシティに関しては中村先生と同じ考えです。そのために視野を広げる訓練として、想像力をいかに働かせるかも重要だと思います。自分をその場に身をおくことはできないが、想像して考えることはできます。最後に、ワークライフバランスとの関連で、立ち止まることも含めて、休むことへの罪悪感は無くなってほしいと思っています。必要であれば、立ち止まる、休む勇気をもつことも大切ではないでしょうか。

ご参加者の声

<アンケート一部抜粋>

  • キャリア育成について体系立てた整理、お話を伺うことで社員の育成を考え直すきっかけとなりました。

  • キャリア形成について多くの気づきがあり、大変参考になりました。

  • 「最近の学生」というお話は「最近の新入社員」に置きかえて考え思い当たることもあり、内定者フォローの参考になりました。

  • 東大の取り組みと若手育成の共通点があるように感じました。

  • 今の学生の課題、正解がないことへの不安の理由などがよく分かりました。
    企業として具体的にどう教育していったら良いかをより知りたいと思いました。

<セミナー開催:2019年5月29日(水)>